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羽鳥建築設計室まい・たびっくす



べんりなよのなか7


わたしたちの日本社会は よく個性がない社会と

海外から指摘されるのを耳にしますが

日本で評価され海外へ渡った才能ある音楽演奏者など

ヨーロッパなどへ行って華を開かせることなく帰国してしまうのも

規則 ルール 正確さなどを最重視され教育されたため

オリジナルな個性を発達させる事無く

萎縮してしまったからだといえるのではないでしょうか?

オルジナリティーとは創意工夫する余地のある環境で

各人が発揮する能力で ある意味 あそび であるとも言えます

日本人のこの様な気質は明治維新以後顕著となり

ある点でそれは儒教の影響もあるのかもしれません

儒教の根本は北極星(天帝)を中心に星々が回る世界を

人間社会にたとえ天帝(ここでは天皇)を中心とした社会を指すものです

中央集権型管理社会は管理する側からは大変便利なシステムです

その便利さを自由(創意工夫 自己表現等)と引き換えにしてしまった

わたしたちにも大きな責任があるのではと思います

宇宙や大自然が創り出す秩序は多様性を受け入れ非常に奥が深いものですが

わたしたち人間の考える秩序はまだまだその領域に

達する所までには至らないように思います。

 

 

べんりなよのなか6


100年以上続いた機能主義建築が今から30年前一つの転機となりました

ロバートベンチュリーという建築家が提唱した新しい様式 ポストモダニズムです

クラシックなゴテゴテした無駄な装飾を一切排除した機能主義(モダニズム)建築からの反省で

かつての建築の様に表情のある装飾を復権しようという動きです

日本ではバブルの頃でしょうかクラシックな要素や現代芸術的な装飾や

とにかくデコレーションケーキの様なかんじだったと思います

提唱したベンチュリーの思想的な背景は無視されたようで

自己主張 近隣との景観的不調和 成金趣味的な意匠で見るものに訴えかける要素は見いだされませんでした

かつての建築は芸術 絵画 音楽 数学 天文学 人間学などを束ねる文化的な装置であったのですが

時代が下がるにつれ権力者のステータス 自己顕示 優越感などに利用されて来るようになって行くのです

デザインとう手法は西欧伝統の芸術の流れから来ているもので

古典主義ーモダニズムーポストモダニズムー現代建築とい流れでみても産業革命あたりから商業主義 個人主義の考えが入り

本来人間の心に訴える芸術の営みが 自己満足のための手法に成り下がってきているというのが現状でしょうか

デザインの果たす役割は人間回帰 人間賛歌であるべきと考えるものですが

自分勝手な自己表現や虚栄心を満足させるための表現方法であるべきではないと思います。

 

 

 

べんりなよのなか5


近未来を描いたSF カーボーイビバップというアニメで

主人公スパイクがスペースジェット機ソードフィッシュが

ある惑星の成層圏で故障する場面があり

何十年も前のクラシックになったスペースシャトルで

救出する事になりました

スクラップ同然のシャトルを修理して打ち上げなくてはならず

若いスタッフは故障したCPUユニットを交換しに街へ出かけます

修理長のオヤジは使い慣れた古いシステムを指示しますが

若いスタッフは最新鋭のシステムの方がいいと提案します

オヤジは「古くても使い慣れたシステムがいい」と頑固に説得しますが

スタッフは「効率がわるい」と言い返します

オヤジは「機械に使われたいのか、それとも機械を使いこないたいのか」と

問いかけスタッフはようやく理解したのです

そうして無事にシャトルは打ち上げられ

スパイクのソードフィッシュは無事生還を果たしました

この物語で作者が語りかけているように

私たちの社会は便利さ効率さを追求するあまり最新のシステムを望みがちですが

その行く末は機械(システム)に使われる(管理される)流れを

わたしたち自身が無意識のうちに選択しているのかも知れません。

 

 

 

べんりなよのなか4


100年以上前のもう一人の天才建築家にアントニオガウディーがいますが

完成までに現時点で300年掛ると言われていた

サグラダファミリア(聖家族贖罪教会)がスペインバルセロナに建っています

わたしが学生だった30年前4本の教会正面の小塔のみ建設中でした

工事に携わる職人は石をテノミで掘れる彫刻家に限られており

積み上げる石一つ一つ丁寧に彫り上げて行く大変手間のかかる工事でした

最近のIT技術の普及でこの手間の掛る作業を取りやめ

工場で製作した機材を使って工期を150年短縮し2026年完成を目指すそうです

写真で見ますと初期の手作りの部分とその後の部分ではアンバランスな感じがします

観光名所として教会を完成させそこからの収益を第一にかんがえたのでしょうか?

行ってみたかった建築でしたがはっきり言って幻滅です

機能主義ー工業化による大量生産によってうみだされたものは

最終的に人間の心になにも残しません 

聖家族贖罪教会の贖罪とはこの様な便利さが生み出す人間の罪だとわたしは考えるのですが

工業生産花盛りのこの時代ガウディーがあえて手間の掛る昔ながらの工法で設計した意図が

ここにあると確信します 機能主義が生んだ天才建築家コルビジェも晩年になって

彫刻作品のようなロンシャンの教会を設計したのも彼の全盛期の活動に対する贖罪かもしれません。

 

べんりなよのなか3


建築のはなしでつづきますが

100年以上昔西洋で産業革命の影響によって

都市に人口が集中しだしました

当時都市で暮らす庶民のほとんどは

大変劣悪な環境での生活を余儀なくされました

都市計画家や建築家はその問題に取り組むべく

試行錯誤し安価な建築費で効率よく大量に

住宅を生産する手段を考えました

ル・コルビジェなど今でも語り継がれている

有名な建築家の考案した手法は

機能主義建築として確率されましたが

その手法が100年後の現在も営々と営まれています

今現在世界は当初の機能主義の目的からはずれ

経済効率のいい部分だけ取り込み

公共の目的ではなく利益追求のための手段として

利用しています。

つづきます。 

 

 


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